head_img_slim
HOME > 研究内容 > 超音波の瞬時振動数を用いた診断技術の開発

超音波の瞬時振動数を用いた診断技術の開発

本研究の目的は超音波を用いた新しい異常診断技術の開発です.特に,波形の各瞬間における振動数を意味する瞬時振動数に着目し,従来技術が適さなかった対象の検査,診断を試みています.


瞬時振動数とは

瞬時振動数とは波形の各瞬間における振動数のことで,振動数の時間的な推移を表現できる指標です.

その算出にあたり,私たちは振動数が位相の時間的な変化であることに着目しました.この考え方に基づくと,適切な数学的処理によって波形から振動の位相を求め,その時間微分を使うことで瞬時振動数を算出できます.こうして得られた瞬時振動数は,波形中の主要な振動数成分の時間変化を精度良く表現できることもわかりました。当研究室では上記の考え方と,複素ウェーブレット変換を用いた位相の計算法を合わせて,瞬時振動数の高精度な計算手法として提案しています.


非線形性の検出に向けた応用:閉じた亀裂

これまでの超音波を用いた異常診断では,検査対象に超音波を当て,その反射を検出するパルス反射法が一般的でした.しかし,この方法は図1右のように亀裂界面で超音波が反射する開いた亀裂なら検出できても,図1左の閉じた亀裂のように,超音波が透過してしまうと検出することができません.そこで近年,異常部を透過した超音波波形の変化に着目し,その変化から異常部の非線形性を検出する研究が行われています.

ただし,これらの研究では異常部に大きなエネルギーの超音波を与える場合が一般的です.対して,通常の超音波検査装置ではエネルギーの小さなパルス波が使われるため,従来研究の知見はなかなか活用できませんでした.

そこで,当研究室では瞬時振動数を利用して異常部の非線形性を検出できるのではないかと考え,閉じた亀裂をはじめとする微小な異常の検出を目指しています.もちろん,使う超音波は一般的なパルス波です.

図1 従来のパルス反射法では閉じた亀裂の検出が困難


図2は,ゴムの亀裂を検出した実験および解析結果です.(a)亀裂の無いゴム板と(b)ゴム板を2枚重ね合わせ,圧着することで不明確な亀裂を模擬した場合の2種類のゴム板に対して超音波を通過させました.図2の上には得られた超音波波形を示し,下には振動数の時間的な移り変わりを示しています. 2つを比較すると波形自体にはほとんど違いはありませんが,時間的な振動数の移り変わりは(b)の方が低くなっており,ゴム板内部の不明瞭な亀裂の存在が振動数の変化として現れています.このことから,今まで分からなかった微小な異常を上記の異常診断法によって検出できることが期待されます.

図2 超音波波形(上図)と瞬時振動数の時間変化(下図)


物体の内部状態の診断

また,現在実用されている超音波診断法には,対象を通過させた後の超音波の音速や振幅の変化から物体内部の異常や変化(金属脆化など)を検出する方法があります.しかし,この方法を用いて複合材,生体材料,接着剤などの状態変化を捉えることは一般的にまだ困難だとされています.

そこで,超音波の瞬時振動数に着目して,宇宙・航空機,土木・建築,自動車,半導体などでも用いられるエポキシ樹脂系接着剤の状態診断を試みました.

実験対象は2つ用意し,一方は1枚のアクリル板に接着剤を塗布し,20分放置してからもう1枚を張り合わせたもので,これを状態1とします.もう一方は接着剤塗布後すぐに張り合わせたもので,これを状態2とします.通常,この種の接着剤はすぐに張り合わせるものなので,状態1を異常,状態2を正常としています.

図3に2種類の実験対象に対する超音波波形と振動数の移り変わりを重ねて比較しています.ここで,黒線は状態1,赤線は状態2を表し,A,B,C,Dの波は図4の経路を通ることが音速と実験対象の厚さから計算できます.この結果を見ると,接着剤内部を通過したB,Dの振幅は状態1と状態2でほとんど変わりませんが,振動数は状態2の方が顕著に低いことがわかります.(B,Dの波形の時刻が異なっているのは接着剤の厚さが厳密に同じではないためで,音速は共通.)このことから,今まで分からなかった物体内部の異常や変化も,この診断法によって検出できることが期待されます.

図3 波形(上図)と振動数変化(下図) 図4 超音波が実験対象内を通る経路


干渉したパルス波の特徴抽出

最後に,瞬時振動数の観察によって,複数のパルス波が干渉した波の特徴を効果的に抽出できることを紹介します.

例として,ごく単純な二つのパルス波の干渉を考えてみます.まず基本パルスとして,振動数f0 = 10 MHz,振幅の時間変化(波の包絡線)が最大値1のガウス関数(標準偏差は周期の0.7倍)で表される次式のパルス波u1(t)を与えます.このパルス波の波形と瞬時振動数は図5です.

図5 基本パルスの波形(上)と瞬時振動数(下)

これに干渉させるパルス波u2(t)はu1(t)の振幅をα倍し時間をt0だけ遅らせたものとし,次式のように与えます.瞬時振動数はu1(t)と同じく10 MHzで一定です.

さて,これらが干渉した波u(t)はu1(t)+u2(t)ですが,その瞬時振動数はどうなるでしょうか.図6,7に干渉波u(t)とその瞬時振動数f(t)を挙げるとともに,解析的に求めた瞬時振動数f(t)の式を以下に示します.図6はu2(t)の振幅を3種類与えた場合であり,図7はu2(t)の時間遅れt0を3種類与えた場合です.また,図はどちらも上段が干渉前の波形u1(t)とu2(t),中段が干渉波u(t),下段が干渉波u(t)の瞬時振動数f(t)となっています.


図6 u2(t)の振幅が変わる場合の干渉波

図7 u2(t)の時間遅れが変わる場合の干渉波


ただし,

図6,7のとおり,瞬時振動数が一定のパルス波同士を足し合わせただけにもかかわらず,干渉波の瞬時振動数f(t)は一定ではなく極小値を持っています.図6ではu2(t)の振幅を大きくするほど極小値の時刻が早くなり,図7ではu2(t)の時間遅れt0を大きくするほど極小値が低下してピークが鋭くなります.式においてもf(t)がαやt0によって変化することが示されています.また,各図中段の干渉波はαやt0を変化させてもあまり変わりませんが,下段の瞬時振動数はαやt0に対して大きく変化しています.

実際の超音波検査でもパルス波がよく用いられるうえ,構造物が複雑なときはパルス波の干渉も珍しくありません.上述の瞬時振動数の性質は,こうした超音波検査の現場で広く応用できる可能性があります.

ページトップに戻る